幽閉図書館

当ブログでは、主に私が疑問に思ったこと知っていることをただ淡々と書き綴っていく場所になっております。

実際問題『好き』と『嫌い』の感情を抱かれるとどちらがその人の成長になるのだろうかね?

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おはようございます。結城です。
日々何かに悩みながら寝て、そのまま悪夢を見ておきます。
そんな日を何日も繰り返していると気が付けば、怖さというものがなくなります。事実です。


人は一緒のうちに大きく二つの感情に支配されます。
『好まれる』『嫌われる』ですね。大体はこの二つの選択によって生きていきます。
好きでも嫌いでもない!といった人も中にはいるとは思うのでしょうけど、それでも若干この人苦手だ~となるはずです。


この際自分の周りと自分自身を見てみてください。そこに描かれた内容によって相当かわっていきます。
実際この問題は大きな問題として考えたほうがよいと僕自身は思っております。
なぜならば、それによって大きな成長が見込めるからだと推測します。


過去の偉人は世間から民主から嫌われ生きていきました。
しかし、この時代になって有名となっているものが数多いです。逆にそれがほとんどの割合を占めています。
そのまた逆にマリーアントワネットやエリザベートのように別の意味で嫌われたものたちも有名になっています。


この二つの嫌いの意味は、最初は気持ち悪い!といったもので、次に来るのは憎たらしい!といった嫌いです。
でも結果としては、この二つは幸せに過ごした日々があるのです。まあ罪は最後に裁かれる運命なのですけどね。
それでもひと時の幸せが訪れたのは言うまでもないでしょう。


逆に世の中で大体の人に好かれ生きている人で成長をしている人と言えば、それまた数多く報告されていますが
あのこれからを担う人物の『ヒカキン』でさえも、変化の時代の今でも嫌われる存在になっています。
猫がどうたらと言われるよくわからないただ、叩きたいだけの人に叩かれています。


しかし、その本人はそれでも猫の動画により、更なる莫大な再生数を獲得したのです。
ここまで書いた結果としては、嫌われた方が良いのかもしれない?と思われるのでしょうけど、実際褒められて褒められて褒められ続けた人の末路というものは最悪なことになる場合が多いです。
その褒められた人の中でも、それが違う!と言い続け行動したものは後世に名を残していますが、褒められただけでそのままバカな子になり、地に落ちた話の方がよほど多いです。


結局のところ『嫌う』ということは、すなわち自身の進化として考えるべきなのかもしれないです。
まあ人なので、嫌われるのは好きじゃない!と言う人は数多くいるでしょう。しかし、必ず一人はこちらを肯定する『好き』を持つものもいます。
その人のためにでも成長!という点で見たらいいのかもしれませんね。


以上です。ありがとうございました。