幽閉図書館

当ブログでは、主に私が疑問に思ったこと知っていることをただ淡々と書き綴っていく場所になっております。

嫌われる人ほど良いことに結びつけるのではないのだろうか?っとふと疑問に思いました!!

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おはようございます。結城です。
当ブログ色々なことを書きすぎて、何がメインなのかはわからなくなっている雑記のようなブログです。
そんな中、結構古くから検索によって訪れてくる方がいます。


それが『嫌われる方法について』ですね。
これに関しては、賛否両論あるかと思われる題材です。
はたして、生きていく中で何が一番選択すればいいのやらといった具合に悩むものです。


そもそも人は好かれることが一番良いと考えています。
それは別に人に限った話ではないのですし、生き物である以上好かれた方が気分としてはとても良いものです。
しかし、中には自ら嫌われるようなことをしてくる方もいます。


それをすることによって、何がその人にとっての利益なのか?といった疑問が発生してくることでしょう。
簡単ではありますが、嫌われることによっての利益とは何か?


一生のうちに疑問に思ったことをそのままにするか、検索して調べるか?それに欲求というものが人にはあります。
好かれさえすれば、好いている人から様々な情報を得ることができる反面、嫌われている場合はそれほど多くの情報を得ることができません。
この点だけを見たら、どう考えても好かれている方が良いのです。


しかし、こういった点だけを見たらそのようになりますが、人から好かれない。嫌われている人に取る周りの反応を考えてみてください。
大体の場合、その人の細かな部分まで見えてくるのです。普段何しているのだろうか?嫌いだからこそ、その人の細かな部分を見て、今まで発見できないようなミスさえも発見するようになるのです。
結果指摘しだすのです。それが、不利益か?と言われると、真逆であり、そのような指摘を改善していくことができる。自分のわからなかったことを指摘された!改善できる!といったポジティブな方に考えることが容易にできるのです。


嫌われる。=好かれている。


何かの情報を発信している人の多くはこれを理解していると思われます。
炎上が今や日常茶飯事レベルのことになりましたが、それでも炎上しなければ無関心であったのに対し、いくら嫌い嫌いといってもその炎上した人の利益になる場合が特にあります。
バカッターのような後先考えないような人は除きますが、情報発信している人に関しては、それが逆にチャンスになることの方が何分大きいのです。


嫌われているから、細かな部分を指摘される。その分ファンになってもらっている。
無関心ならそもそもそこまで細かな部分まで見られないです。
小説家になろうで炎上していた『無職の英雄』も問題があって、私たちの目に留まるようになったわけです。


それを利益として転換するかはその人の技量次第なのですけどね?
このように嫌われた方が利益になるんじゃないのか?といった考えを持つ人は多く、わざとそのように行動している場合も少なくないです。
嫌われることの本当の意味は無関心ですからね。


以上です。ありがとうございました。