幽閉図書館

当ブログでは、主に私が疑問に思ったこと知っていることをただ淡々と書き綴っていく場所になっております。

会話において、自分と相手の捉え方は真逆になることも多い。

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会話のハードルの高さ


人と人とのコミュニケーションはとても難易度の高いものだとこの人生の中で感じています。
能力の違い、IQの違い、性格の違い、解釈の違い、様々な違いによってコミュニケーションと呼ばれるものはハードルの高いものへと進化していきます。
例え同じ趣味を持つ者同士がいたとしても、すべてを理解することは容易ではありません。


現代のオタクを見れば一目瞭然でしょう。同じ趣味だとしても、グループ化されており、彼らはそれらのグループの何かに属します。
一つにファッションでの趣味であり、一つは自己満足であり、彼らは互いに共存という道に進むことが決してないわけです。
どこかで必ず争いが起こるのです。そういった限られた趣味の中でも、互いに喧嘩する可能性が十分ありえるコミュニケーションはやはり難易度が極めて高いと言えるでしょう。


そもそも何をもってコミュニケーションと呼べるのか?といった疑問さえもあったりしますね。
この人はコミュニケーション能力が高い!と言われようが、別の分野では知識がないため、まったくその能力を生かせなかったりもします。
そうなれば、コミュニケーション能力が低いと思われても不思議ではありません。


これからの時代は、よりコミュニケーションによって人々が優劣をつけるようになっていきます。
求められているものが大きすぎるがゆえに、場合によってはコミュニケーション能力が低いといった人の方が何十倍も多く語られるようになるでしょう。
日本人は特に自身を表にだすのが苦手な人が多いです。陰ながら努力する人が多いこともあり、評価が付けにくくなります。


場合によっては暗いなどのレッテルを張られてしまったりしますね。しかし、コミュニケーション能力というのは、ただ会話がすべてではないと僕自身思っています。
相手の能力をいかにして評価するかも能力の高い低いに該当するものだと考えているのでコミュニケーションというものはとても難しいものではあります。


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解釈の違いが大きなつらさ


コミュニケーションに関してさらに視野を広げた難しい考えがあります。
それが「解釈」であり、人に何をいっても、その人の捉え方によって意味がまったく違ってきたりします。
仕事なんかで、指示をする場面で特にそれが重要になっていきます。


簡単にいってもそれがそのままこちらの思うように伝わる保証がどこにもありません。
かえって逆のことをしてきたりする場合もあります。これは、年齢がいくつになっても変わりません。
なので、現代社会の無能上司という人は、ここをまったく考えない、いわば別の意味での「コミュニケーション障害」と言えるのかもしれませんね。


「解釈」に関しては、コミュニケーションにおける鬼門とされるかもしれないですね。
それほど言葉や会話というのは、辻褄が合わず、証拠にもなり得ないものです。
どういえば、そうなりえるのか?といった失敗などは正直な話それを話した人がよく考えたほうがよいとすることが一番の問題を改善する方法でしょう。


コミュニケーションはとても難しいです。能力がいくら高かろうが、何も話せなければ意味がないです。
こればっかりはどうやれば高くなるのかは僕は今考え中です。


以上です。ありがとうございました。



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