幽閉図書館

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八つ当たりするとは、自分の価値を暴落させるもの

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八つ当たりするとは、自分の価値を暴落させるもの


今自分はこんなにつらいんだ。どこにも吐くところがない!だからお前に与える!
こういった考えを持つ人って実はかなり多く、性別も関係ないことがほとんどです。
高年齢の人によく見られる。自分がこんなにつらい目にあったのだから、若者も辛い目に会えばいいのだ!とまったく一緒です。


人生の中で絶対に辛いとされる日は確実にあるのは仕方ないことです。しかし、それをまったく関係ないとされるところや関係のない人に当たるのはいかがなものかと?と思います。
他人がどんな辛い目にあっているのかは、その人にしかわからないです。それが現実なのですが、あたかも知っている!とする前提で当たるのです。
これがいかに両者の時間の無駄なのかを理解しないのかなー?と思うのですが、SNSでもそういったことがかなり報告されていますね。


ただ気に食わないから、叩けと同じです。
なぜ他人に発散しようするのか?と疑問で仕方ないのですし、そもそもなぜ?自分で選んだ選択でそこまでイライラしているのかもわかりません。
自分で選んだ選択であるのなら、それをすんなり受け入れるのが普通でしょう。


他人にあたって、もしその当たられた人から命を奪いにきたらあなたは、どんな理由があってもその人を批判することはできません。
言葉は人を傷つけるとされており、口は災いの門とことわざがあるように、それくらい強力な力を秘めています。
そこまでなるまでになぜ?先手を打たなかったのか?そこまでなる前になぜ逃げなかったのか?と問いただしたくなるくらいに意味の分からない行為になります。


もっともらしい理由をつけて当たる。ただ、相手にそれを教育としてならまだよいのですが、相手が理解できない内容のものを教育とはとてもじゃないのですが、言えませんね。
人生にそこまで充実していない人ほど、そういった傾向にあるらしく、なんともかわいそうとすることがあります。
別に怒ることはいいのです。怒ってスッキリするのはよいのですが、他人に当たることは、なんで?となりことですね。


弱い人を見つけては当たる。これどちらも不幸になるものです。
自身が地獄に落ちたとき、その時がすべての終わりであり、手を差し伸べる人は確実に一人いなくなると考えたほうが良いことでしょう。
それくらい異常な行為であり、どちらも利益のないものであります。


自身の辛さ、そんなに当たる必要ある?



以上です。ありがとうございました。