幽閉図書館

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なぜ?を考えるのってすごく難しいことなんですよ。

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なぜ?を考えるのってすごく難しいことなんですよ。


何か問題が起こった際に、大体の場合、次は発生させないようにとする方法を考えて終わりのケースが多いです。実際それを決めても実行するかは、当人たちだけに任すことが多く無責任とされる行為の一つです。


どこもこのようなことが起きており、一番考えなければならない、上司は部下にそれを押し付けるといった行為がまかり通っています。正直おかしな話だと僕自身は思うのですね。
ただ、ある程度の役職がついてもです。それが起こったことにより対策を考えるのは良いことです。しかし、すべてを起こした当人だけで片づけてしまい何事もなかったかのようにして、上の人間は行動をしない。
それほどまでに、誰もが責任を負いたくないし、なぜ?それが起こったのか?を考えようとしないのです。


もしかすると、このような問題は僕たちが考えている以上に難しいとされることなのかもしれません。
第一にこれが簡単なことであった場合は、みなが無責任なことをしないことでしょう。
ただ時間がない、自分は関係ないと上層部の人間は考え、やった人あるいは、下の人間に社会というものは、そういうことなのだ!とあたかも常識として教え込ますのです。


そのようなことがまかり通れば、おのずと未来も同じような結果が生まれてしまうわけなのです。
自分がその体験を下から、下もそのように体験をしろ!だなんていう本当に無責任な行為が愚かすぎるといった感じです。
よくニュースなんかで報道されている。若者に罪を!と発言する年配が多いとされます。しかし、これは実に無責任なことであり、誰も幸せになんかならなくなります。


そんなことで上の立場になっても何が変化するのか?と問いたいくらいですね。
そういった場面に出くわした場合は、なぜ?そのようなことが起こったのか?をまず考えてから行動するのが良いことでしょう。
結果を求めるのは、二の次です。すぐに次の打開策を考えるよりも、確実に次失敗しない方法を模索したほうが何かと成長はします。


なぜ?を考えることが難しいのかもしれないのですが、これは小学生の頃に既にやっていることですし。
さいころなら誰しもが考えていたことでしょう。それを大人になったら、忘れている。不思議なお話ですね。
結果を求めるよりも、まずは、起きた原因を突き止めましょう。それが結果に結び付くことなんて方が一番あり得るお話です。



以上です。ありがとうございました。