幽閉図書館

当ブログでは、主に私が疑問に思ったこと知っていることをただ淡々と書き綴っていく場所になっております。

無駄な行動は無駄なプライドよりも有益に働きやすい

f:id:minticecream:20190419113929j:plain





おはようございます。結城シキです。
社会に出れば、おのずと人は働くことを始めます。
その働く環境で様々な問題にでくわすことがあると思われます。


今回はそれに関する記事で「無駄な行動とプライド」になります。



無駄な行動は無駄なプライドよりも有益に働きやすい


年を取る、出世する。これらが起きた際に、やはり人ですので、プライドも一緒に高くなってくるものです。
高くなった方が、威厳があるように見られ、指示や会議なども一つの意見として取り入れられやすくはなると思われます。


上の人のプライドが低すぎると、下のものは遊び始め、指示も聞かず、返って迷惑ばかりかけてくるようにもなります。
教育や教え、勉強などのこれから役に立つ知識を教えても、右から左へと受け流してしまう可能性すらあり得るのです。
なので、このプライドに関しては、そこまで嫌うものでもないのです。


しかし、現状ではそういった方向だけではなく、悪い考えが比較的多い印象があります。
それが以下のものになります。

・威張り散らす
・過去を美化しすぎる
・尊敬をするように促す
・責任転嫁
・無駄な説教や知識を与える


これらのように、プライドが高いがために不利益な行動をする人が存在し、後悔をするといったケースは多いです。
なぜこのようになってしまうのか?なのですが、環境だったり、過去だったりと人によって理由はまったく変わっていきます。


一度高いプライドになってしまえば、大きな問題が起こらない限り下がることは決してないのです。





無駄な行動から学ぶ、一種の研修


上の人間や尊敬している人が、何かしら行動をしていたら、どう思いますか?
僕も同じく動こう!そう思いませんか?
無駄にプライドが高い人は、誰かに指示をし、自分が動かないことが多いです。


しかし、変にプライドを持たない人は、周りを気にもせず、指示をしても自分から動くことをしますし。
指示をせずとも周りが来た際に、研修のような教育をし始めるのです。
「見て学ぶ」に似ているような行動なのですが、それとは少し違い、何をしているのか?といった内容ではなく、行動を自らしている!


そこに周りが感化され始めるのです。これにプライドを持つのも構いません。
俺はこのようにしたいから、こうしている!それを見て、やってくるのなら、教えてあげる!
一見無駄な行動でも、それは時として教育に繋がっていくものなのです。


何もせず、ただ指示するだけでは周りは何も学びません。
しかし、言葉や指示を嫌ったり、自分は話が嫌い!とあっても、行動だけをし背中を見せれば、それは無駄な行動でも何でもなくなるわけなのです。
自然と周りは何かをし始めよう。そのように思われることこそが有益だと思います。





プライドが高く、手柄を自分のものにするのが悪い


本当に嫌われる原因が、行動をせずして、自分のものにしようとするのが悪いことなのです。


これがどういう意味なのか?と疑問に思うかもしれません。
答えは簡単です。


・彼らは俺が育てた!


こちらになります。
何も考えず、指示するだけで、彼ら(部下)を育てた気分に酔いしれている人が多く、それを上の人に報告するのですね。
自分の手柄だと。


実際この場合、手柄や育ちは、彼ら自身で自ら勉強をした彼らなのですね。
そのような行動をする人が多いため、プライドが高いのは嫌われるのです。





プライドが高くなることは自然なので、何も悪くはない


つらつらとプライドが悪い!という方向に話が変わっていますね。修正します。
先ほども書いたようにプライドが高いのが、何も悪いわけではないのですね。
悪くはないのです。実際悪くはないのです。


プライドが低い人は、周りからはなめられた態度をとられてしまうのです。
いまだに年功序列の考えが捨てきれてない人が多く。
それは、高齢の人だけではなく、10~20代の若者でも平気でそれに当てはめてくるのです。


言われたことありませんか?
「その年齢まで何してたの?」といった脅しを。
若い人は、それを強調してくるのですね。特にある程度社会を知った人は。


インターネットの時代なので、検索すればすぐに出てきます。
ブラック企業と同じようにブラック社員と呼ばれる人たちです。
威厳がなく、売り手市場だから何をしても良いのだと、そう本当に思っている人達です。


そのため、プライドが高いのは何も間違った考えではないということです。
能力主義の時代に、その思考は地獄に直下するのですが、それはまだ先のお話なのかもしれませんね。





何のプライドを高くするのかを選択するべき


プライドが高いのが悪くはない!とお話していますし、プライドが高いと悪いのですよ!とも書かれています。
一体どっちなの!?と矛盾の疑問をぶつけて見たくもなりますよね。
わかります。なので、プライドを高くした方が良い時はどんな時なのか?こちらについて触れていきます。


プライドを高くすることで一番なのがやはり・・・


・何かを守るとき


こちらに該当します。プライドが低いと、何も守れませんし、何も救うことができなくなります。
自分の趣味でも、部下でもいいですし、はたまた自分の精神でも良いです。自分の家族でも良いのです。
何か攻撃されたときで、自分の中で納得いかなければ、思いっきり戦ってみるのもありなのです。


いや、戦ってください。相手に真実を突きつけるのです。
引いているだけでは、相手の思うつぼなのです。そういう時はどかーんと高く生きましょう。





無駄な行動は美徳


プライドばかりのお話になってしまいました。さてどうしましょう。
どうしましょうでもないのですね。無駄な行動に関して書くのです。


結論から言えば、無駄な行動の方は、本当に考えるだけ無駄です。
まず結果考えるよりも、動いてから結果を見てください。
そうしないと、いつまで経っても糧にもなりません。


学生時代では、コツコツ努力することが美徳とされてきました。
しかし、社会に出れば、そのコツコツが恥ずかしいと思われるような世界に変わっています。
どういうことなのだろう~?と疑問に思うかもしれませんけど、それは僕にもわからないのです。


なぜ?恥ずかしいと思うようになるのか?やはり、プライドなのですね。
切っても切り離せないものなのかもしれません。それくらい人は頭が良いと僕は勝手に考えています。
過程、努力を考えるよりも先に結果や結論を考える。


科学者や専門家たちとはまた違った思考を私たちがしているのです。
彼ら科学者たちは、地道な努力が実を結ぶのですが、大失敗などには目も向けていません。
結果を見たときに、これが欠損であるということを知るのです。それを世に出してからなので、よりバッシングされるのです。


しかし、普通に生活している人は、それの真逆で、結果失敗するのではないのか?これ成功しないんじゃないのか?
そのようにして考え、努力や過程をすっ飛ばそうとします。なので、無駄な行動をしろ!ということに繋がるのですね。
科学者たちは日々、それが当たり前になっていて、バッシングされようが続けていきます。いつしか大きな成功がやってくることになるのですね。


一般的な人達は、何もしないので何もやってこないのです。
そこにプライドがあるかどうかの違いです。努力にプライドを極振りできれば、有益に物事が進むと彼らを見てそう思うのです。




無駄な行動は無駄なプライドよりも有益に働きやすいのまとめ


プライドで無駄な行動ができないという人は本当に多いです。
年齢もありますし、能力でもあります。階級なんかでもあります。
切れない存在なので、どのようにしてそれを利用していくのか?というのが課題になっていくのですね。


今世の中で成功している人は、無駄な行動をして成功を収めている人が多いとされます。
もちろん、プライド以外で無駄な行動ができない!と言う人もいることでしょう。
僕も恥ずかしいというのが何よりの欠点です。それにより、記事の更新が非常に悪いです。


プライド高いのも理由かもしれないですね。まずは、トライです。
すぐに低くなることは不可能ですし、それを言う行為も危ないのかもしれません。
もし、そういった人たちを見たのならば、自分は決してそのようにはならない!と念頭に入れておいてくださいね。


そうすれば、威張り散らすおっさんにはなることは決してないことでしょう。



以上です。ありがとうございました。