幽閉図書館

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文章、作文、感想が書けない人のために送る解決策。

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おはようございます。結城シキです。
学生時代の時に必ず感想文や作文を作成してください。このような宿題や課題のようなものがあったかと思われます。
その際にやはり「書けない」「思い当たるものがない」といったように考え込んでしまうのですね。


今回は異常なくらい文章を書けなかった僕が体験を踏まえて「文章、作文、感想を書けない人のために送る解決策」についてご紹介していきます。








軽いブログ主の体験話


こういった解決や問題のときは体験を書きつづったほうが信ぴょう性が増すと思っております。
箇条書きでご紹介します。


・1文字書くのにかかった時間が数時間
・作文用紙400字詰めを完成させるのに数週間
・基本的にワスレタなどですべてをやらずに逃げていた


なぜ?このようになっていたのか?を次に書きますね。
もちろん箇条書きです。


・恥ずかしい
・語彙力がない
・自信がない


基本的に六つ書きましたが、これらが主な理由になります。
誰でもそうだろうと考えるかもしれませんね。そうなのです。誰もがそうなのです。
だから基本的に解決って可能なのですね。


当ブログを見ていただければわかるかと思われます。上に書いたものが嘘かのようにして、文字を書きつづっています。
そして、今の状態を僕の知り合いが知ったら、最初に言われることでしょう。


「どうした・・・!?」とですね。


文字だけではわからないですし、書いたものが正直信用できるものと考えれないかもしれません。
それでも、このような経験があるんだ。この人!っと思っていただければそれで構いません。
僕のリアルの情報なんて、基本的に見ている側の人からは興味ないものでしかないのですからね。


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文字を書きましょう。


文字を書けたら苦労しない!と思うかもしれないので、詳しく書きます。


まず五十音を作文用紙にびっしり書きましょう。ノートでも構いません。
それだけで構いません。達人や国語の先生やその他の専門家の人からは、意味が分からないと思うかもしれません。
ただそれらの人は、できない人の気持ちがわかりません。大体わかりません。


なので、無視して書きなぐってしまいましょう。
五十音でなくても良いのです。一人しりとりでも、ただの言葉の羅列でもいいのです。
僕なりなのですが、これの意味は「ただ文字を書く行為」だけなのですね。


基本的にそれ以外に意味なんてないです。ただ書くことになれようということです。


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箇条書きを使って行こう。


・文字を書く
・箇条書き


これが箇条書きです。詳しいことは僕にはわかりません。
わからないので、書いているうちにわかってください。
箇条書きは、基本的にものすごく楽な分類だと僕は考えております。


文章はつなげなければいけないため、非常につなげる部分が難しいのですね。
そのため、余計に頭痛くなってきます。それが箇条書きを使えば、繋げる部分がなくなり、非常に書きやすくなります。





恥ずかしいは一生取れないので、諦めましょう。


僕結城シキを見ていただければ、わかるかと思われます。
いまだに何かを発信すること自体に恥ずかしさがあります。間違って炎上しないか?批判されないか?コメントがやってこないか?
反応に関して非常に毎日ビビっております。そのため、ブログの毎日更新って実はしたくないのですね。


それに加えて、本当ならこういった活動もしたくないのですね。なぜならば恥ずかしいから他ありません。
9年くらいブログをし続けていますが、いまだに恥ずかしさは消え去りません。
ここまで消えないとなると、もう諦めですね。


逆に恥ずかしいことや周りからの反応は来た方が良いと考えております。
まず恥ずかしいという感情がある分、変えようという気持ちが現れます。
いわゆる「完璧主義者的思考」なのですね。失敗したらどうしよう。笑われないかな?などの感情が表に出過ぎてしまっているのだと思っております。


反応がやってくる。これは周りからの笑いや批判ですね。
これも良いものであり、人は客観的に見ることができないことが多く、反応が来て初めて見れるようになるのです。
年齢を重ねれば重ねるほど客観的思考はなくなり、自分勝手で放漫な人に成り下がります。


これら二つがあるため、基本的に良いことなのですね。
ネットの炎上を見ていただければわかるかと思われます。彼らには恥ずかしさが一ミリもないです。その結果大失敗をしております。
そう考えれば、恥ずかしさなんて持った方が良いと思いませんか?





語彙力は日々の勉強のたまもの、諦めましょう


語彙力は日ごろの活動によって増えていくものだと考えております。
そして、自分が知らないうちに頭に入っていることもあります。
経験や体験を得て、自動的に頭にインプットしているのですね。これ結構大事です。


日ごろからニュース、本などの文字や言葉をみたり聞いたりしていると良いのですね。
大人だろうが子どもだろうが、語彙力なんていうのはやらなければ増えませんし、そもそも視野も広がりません。
そのため、この勉強は年齢がいくつになろうが、継続して続けていかなければいけないのですね。


これを見ると、語彙力の問題なんてどうでもいいのです。
徐々に増やしていく他ないのです。なので、文章、作文、感想は自分の意見を自分の言葉で書き記すものであり、語彙力がないということは
自分の言葉にはないものでしかないのですね。なので、無理やり辞書引いたりして使っても、それは自分の言葉ではないということです。


日ごろの勉強なのです。


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自信は経験や体験によるものです。諦めましょう。


自信がつく秘訣は、視野を広くすること、世界を見てみること
外に出ることも繋がります。その結果自信はついてくるものです。
引きこもっていては自信なんて付きやしません。


そして、自信は過剰なほど得と僕は考えております。
チャレンジするにしても自信は付き物ですし、始めることも自信はついてきます。
何でもついてくるのですね。自信ってやつは。


そのため、自信過剰なくらいでないと何事も進んでいくことができませんし、物事も良い方向に行きません。
ポジティブな人ほど良い結果が訪れやすいということと同じです。自信が過剰でなければ、神様やサンタクロースもプレゼントを渡しません。


その自信をつける際は、やはり体験や経験の他ないです。小さきことでも自信を褒めるという初歩的なものでも自信は増すのですよ。やってみてください。





文章、作文、感想を書けない人のために送る解決策まとめ


今の見ていただいた方は一つ思うかもしれません。この記事のようなもので果たして良いものなのだろうか?
答えは僕にもわかりません。しかし、一つだけわかるとしたら、これが僕の考えをまとめたことであり、自分の言葉で書いたものです。
辞書やインターネットで言葉を探して、書いていくのもありなのです。しかし、それは果たして自分の言葉なのだろうか?


論文を書く際にも、コピペをして提出する。これも果たして、自分の言葉なのだろうか?
例え幼稚なものであっても、例え文章の構成がおかしかろうが、自分の言葉でちゃんと書かれていればよいのではないのかな?と思います。
僕の人生の中で、僕ほど文章を書けなかった人って見たことがないのですね。大体ある程度のラインを超えれば、書けるようになります。


そのくらいにひどかった僕でさえも書けるようになりました。
今となっては千文字超えなのですが、そのようになれるのですね。
今回紹介したのは、簡単なものであり、基本的に僕の体験をもとに書いているにすぎません。


これを使って解決する可能性もありますし、できない可能性もあります。
ただ、難しく考えすぎるのはNGとだけ、この記事を通して理解してもらいたいです。
モノづくりや書き物の始めはみな揃いもそろって難しいと勝手に考えてしまうのです。


それは実際まったくなく、悩むほどのものでもないのですよ。


以上です。ありがとうございました。


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